東京地方裁判所 平成10年(特わ)2508号 判決 1998年12月28日
本店所在地
東京都新宿区東五軒町二番一三号
東洋メディック株式会社
右代表者代表取締役
秋本幸夫
本籍
東京都世田谷区成城五丁目二二番
住居
同区成城五丁目二二番一一号
職業
会社役員
古畑和世
昭和一九年二月一五日生
主文
被告人東洋メディック株式会社を罰金六五〇〇万円に、被告人古畑和世を懲役二年に処する。
被告人古畑和世に対し、この裁判が確定した日から四年間その刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人東洋メディック株式会社(以下「被告会社」という)は、東京都新宿区東五軒町二番一三号(平成九年九月一二日以前は、同区神楽坂一丁目一五番地、平成七年三月二三日以前は、東京都千代田区飯田橋四丁目七番一〇号)に本店を置き、医療用具等の輸入・販売等を目的とする資本金五〇〇〇万円(平成八年四月二五日以前は、二〇〇〇万円の株式会社であり、被告人古畑和世(以下「被告人古畑」という)は、被告会社の代表取締役として、被告会社の業務全般を統括していたものであるが、被告人古畑は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、仕入値引額を除外するなどの方法により所得を秘匿した上
第一 平成五年一〇月一日から平成六年九月三〇日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が三億八三二七万八七六二円(別紙1の1の修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、同年一一月二九日、東京都千代田区九段南一丁目一番一五号所在の所轄麹町税務署において、同税務署長に対し、所得金額が三億六〇一七万〇八七二円で、これに対する法人税額が一億三二四八万六二〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(平成一〇年押第一六五三号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額一億四一一五万一七〇〇円と右申告税額との差額八六六万五五〇〇円(別紙2のほ脱税額計算書参照)を免れた
第二 平成六年一〇月一日から平成七年九月三〇日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が一一億〇九四一万四二五五円(別紙1の2の修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、同年一一月二八日、東京都新宿区三栄町二四番地所在の所轄四谷税務署において、同税務署長に対し、所得金額が五億六三九八万三二五八円で、これに対する法人税額が二億〇九五七万二五〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額四億一四一〇万九一〇〇円と右申告税額との差額二億〇四五三万六六〇〇円(別紙2のほ脱税額計算書参照)を免れた
第三 平成七年一〇月一日から平成八年九月三〇日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が四億七九一〇万〇七〇九円(別紙1の3の修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、同年一一月二八日、前記四谷税務署において、同税務署長に対し、所得金額が三億八七六五万五八二七円で、これに対する法人税額が一億四三六九万七八〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の3)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額一億七七九八万九六〇〇円と右申告税額との差額三四二九万一八〇〇円(別紙2のほ脱税額計算書参照)を免れた
ものである。
(証拠の標目)
※ 括弧内の甲乙の番号は証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号を示す。
判示事実全部について
1 被告人古畑の公判供述及び検察官調書(一〇通、乙三ないし九、一四ないし一六)
2 納明子(三通、甲二二、二三、二七)、山田陽國(甲二九、不同意部分を除く)及び佐野明美(四通、甲三三ないし三六)の各検察官調書
3 検察事務官作成の捜査報告書(二通、甲二一、乙一七)
4 大蔵事務官作成の期首棚卸高調査書(甲一)、仕入高調査書(甲二)、仕入値引調査書(甲三)、期末棚卸高調査書(甲四)、減価償却費調査書(甲五)、貸倒引当金繰入限度超過額<その他損金>調査書(甲一四)及び領置てん末書(甲一六)
判示第一の事実について
5 被告人古畑の検察官調書(二通、乙一〇、一一)
6 納明子(二通、甲二四、二八)及び松田邦裕(甲三〇)の各検察官調書
7 大蔵事務官作成の広告宣伝費調査書(甲六)
8 法人税の確定申告書(平成一〇年押第一六五三号の1)
判示第二、第三の各事実について
9 証人山田陽國の公判供述
10 大蔵事務官作成の受取利息調査書(甲七)、輸入製品国内市場開拓準備金調査書(甲八)、為替差益調査書(甲九)、道府県民税利子割調査書(甲一一)及び事業税認定損調査書(甲一三)
判示第二の事実について
11 被告人古畑の検察官調書(二通、乙一二、一三)
12 納明子(二通、甲二五、二六)及び小林幸夫(甲三一)の各検察官調書
13 大蔵事務官作成の為替差損調査書(甲一〇)及び雑収入調査書(甲一二)
14 法人税の確定申告書(同押号の2)
判示第三の事実について
15 小林幸夫の検察官調書(甲三二)
16 法人税の確定申告書(同押号の3)
なお、弁護人は、輸入製品国内市場開拓準備金に関する青色申告承認取消益の部分について、被告人古畑にはほ脱の故意がない旨主張している。
しかし、そもそも所得の一部を不正に隠匿するなどして過少申告をする旨の概括的な認識がある以上、不正申告の個々の項目についての個別的な認識がなくてもほ脱の故意が存すると解すべきである。
また、青色申告承認の制度は、申告納税制度の下において、適正な課税を実現するため、大蔵省令の定める帳簿書類を備え付けてこれにその取引を記録し、かつ、当該帳簿書類を保存する納税者に対して、特別に納税手続上及び所得計算の特典を与えるものであるから、当該帳簿書類に取引の一部を隠蔽または仮装して記載するなどして所得金額を過少に申告することは、青色申告承認の制度とは根本的に相容れないものであって、税法上の特典を享受する余地がなく、かかる行為の結果として後に青色申告の承認を取り消されることは、行為当時から認識できるところである。
実際にも、被告人古畑は、捜査段階において、「青色申告の承認を受けていれば、準備金等の制度が適用され、様々な特典があるということは、経営者の知識として知っていた」「青色申告という制度が、納税者が正しい申告をすることを前提としている以上は、自分が行ったような不正な申告をした場合には、制度の前提自体を揺るがすことになってしまうから、承認を取り消され、特典を失ってしまうことも分かっていた」旨繰り返し供述しており(乙一四、乙一六)、これは、被告会社の顧問税理士である山田陽國の、青色申告をするには帳簿の内容が正しいことが前提であることは社会的な常識であり、被告人古畑も経営者として当然知っていると思う旨の供述に裏付けられており、これに加えて、被告人古畑が取調べ検察官に対して度々調書の訂正を申し立てており(乙三、五)、取調べ状況を弁護人らに逐次報告していたことなどからすると、被告人古畑の捜査段階における右供述は自発的になされた信用性の高いものといえ、被告人古畑の公判供述のうちこれに反する部分は信用できない。
そうすると、被告人古畑は、正しい記帳をしないと青色申告が認められず、反対に、不正な記帳をした場合には青色申告の承認を取り消され、その特典を失ってしまうことを知りながら、法人税を免れる目的で、経理担当者に指示して、仕入値引額の除外や架空仕入等の損金の過大計上などを行わせた上、虚偽過小の申告をし、その際、輸入製品国内市場開拓準備金が計上されたことが認められ、被告人古畑のほ脱の故意に欠けるところはない。
また、弁護人は、仮に、右の点についてほ脱の故意が認められ、輸入製品国内市場開拓準備金の分がほ脱所得に含まれるとしても、右準備金は、いわば税金の支払いの繰延べが認められるにすぎず、最終的な課税を免れるものではないから、その部分のほ脱の違法性及び責任はその余の部分と比較して著しく低い旨主張しているが、そもそも一個のほ脱犯の一部分について違法性や責任の高低を論ずること自体疑問である上、ほ脱犯は各事業年度毎に成立するところ、右準備金の分についても、当該事業年度に納められるべき税金が納められないという意味で何ら変わりがなく、弁護人の主張は採用できない。
(法令の適用)
罰条
被告会社につき いずれも法人税法一六四条一項、平成一〇年法律第二四号による改正前の法人税法一五九条一項、法人税法一五九条二項(情状による)
被告人古畑につき いずれも平成一〇年法律第二四号による改正前の法人税法一五九条一項
刑種の選択
被告人古畑につき いずれも懲役刑
併合罪の処理
被告会社につき 刑法四五条前段、四八条二項
被告人古畑につき 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い第二の罪の刑に法定の加重)
執行猶予
被告人古畑につき 刑法二五条一項
(量刑の理由)
本件は、被告人古畑が経営していた医療用具等の輸入・販売等を目的とする被告会社が、三事業年度にわたって仕入値引額を除外するなどの方法により所得を秘匿して敢行した法人税の過少申告ほ脱の事案である。ほ脱額は合計二億四七四九万円あまりと高額であり、ほ脱率も平成六年九月期は約六・一パーセントと低いものの、平成七年九月期は約四九・四パーセント、平成八年九月期は約一九・三パーセントと見過ごすことができないものである。被告人古畑は、個人的に行っていた株式投資で多額の損失を出し、これを信用取引を含む新たな株式売買で回復しようとし、その原資として、自己名義で金融機関から借入れをしたり、被告会社から簿外で借入れするなどしたものの、損失が拡大する一方で、借入金の返済に窮したことから、本件に及んだもので、公私混同もはなはだしく、動機に酌むべき点はない。この点、被告人古畑は、株式投資を行ったのは、被告会社が金融機関から借入れをしたりする際に、会社代表者である自分が保証人となる必要があり、そのためには個人的に資産を蓄える必要があったからであるなどと供述しているが、それが目的であるならば、より安全、確実な方法で資産形成を図るべきであって、株式取引、とりわけ信用取引にまで手を出したのは、個人的な利欲を満たす目的以外の何ものでもないというべきである。また、被告人古畑は、仕入値引額の除外や架空仕入等計上など、所得秘匿工作の具体的内容を自ら経理担当者に具体的に指示しており、秘匿した所得を前記のように被告人古畑の個人的な株式投資関係に費消したほか、家族の家賃や墓の購入資金にも費消しているなど、犯情悪質である。被告会社及び被告人古畑の刑事責任は到底軽視できない。
しかし、被告会社が修正申告の上、本税及び消費税相当分を全額納付しており、延滞税や重加算税についても約九〇パーセントにあたる約一億三六一七万円を納付しており、残額についても近日中に処理される見込みであること、本件を契機として被告人古畑が被告会社の代表者を退き、従来被告会社と関係のなかった現代表者を迎えるとともに、取締役会の充実化、役員規程の整備、外部監査法人や顧問税理士による会計指導の徹底、物品管理システムの新設等による適正な在庫管理の実施など、再犯防止のための組織改革がなされていること、被告人古畑が概ね事実を認めて反省の態度を示すとともに、本件によって得た利得を含めて被告会社との間で債務弁済契約を締結し、これまで約三〇〇〇万円を返済しているほか、被告人古畑が所有する被告会社の株式を処分するなどしてその返済に充てる計画を立て、今後被告会社の役員からも退く予定になっていること、被告人古畑及び被告会社に前科前歴のないことなど、両者のために酌むべき事情もあるので、以上の諸事情を総合考慮し、主文の刑が相当と判断した(求刑 被告会社・罰金八〇〇〇万円、被告人古畑・懲役二年)。
(検察官矢吹雄太郎、私選弁護人遠藤直哉、岩崎政孝出席)
(裁判官 保坂直樹)
別紙1の1
修正損益計算書
自 平成5年10月1日
至 平成6年9月30日
東洋メディック株式会社
<省略>
別紙1の2
修正損益計算書
自 平成6年10月1日
至 平成7年9月30日
東洋メディック株式会社
<省略>
別紙1の3
修正損益計算書
自 平成7年10月1日
至 平成8年9月30日
東洋メディック株式会社
<省略>
別紙2
ほ脱税額計算書
東洋メデック株式会社
(1)自 平成5年10月1日
至 平成6年9月30日
<省略>
(2)自 平成6年10月1日
至 平成7年9月30日
<省略>
(3)自 平成7年10月1日
至 平成8年9月30日
<省略>